体のこと、あれこれ

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  • 2020年11月23日

    本疾患は学童期に多い睡眠障害の一つで、小児の1~6.5%に現れるという。

    3歳~6歳によく見られるが、中には2歳~12歳と発症年齢に幅があり、個人差が大きいようである。

    睡眠時驚愕症とも呼ばれる。

    その症状は
    〇睡眠時に突然起き上がり、苦しそうに叫ぶ

    〇睡眠時に悲鳴を上げる

    〇呼吸や動悸が早くなる

    〇ひどく汗をかく

    〇転げまわる(場合によっては走り回る)

    〇極度に怖がる

    などである。
    主に交感神経が過剰に興奮している時の症状に似ている。

    数分~十数分で落ち着き、再び眠りにつく。

    一晩に一度だけ起きることもあれば、数回起きることもある。

    一般的にそのような症状を起こしたことを子供は翌朝覚えていない。

    断片的に覚えていることもあるが、親は深く追求せずに、見守る方がよいとされている。

    おそらく追及されることで、トラウマになるとか、寝ることに恐怖を抱くようになるからかもしれない。

    多くは成長とともに治まるので、基本的には治療を要しないとされている。

    「夜泣き」は保護者が声をかける、電気をつけるなどで覚醒し、徐々に収まるが、夜驚症は周りが声がけをしてもその声が届いていないことが多いと言われている。

    呼吸困難や動悸なども起こり、いわゆるパニック発作を起こしたようにも見えてしまうとのこと。
    原因は解明されていないことも多いようだが、発達段階である脳の活動が関係しているという専門家もいる。

    通常、人の眠りは浅く、夢を見ることが多いレム睡眠と、深く夢も見ないノンレム睡眠と、段階が分かれ、それぞれで脳の活動が変わるとされている。

    その段階が移行する際の突発的な反応が原因ではないかとも言われている。

    夜驚症は怖い夢を見たために起きるという見方がある一方で、上記のように発症には心身の変化が大きく関わっており、怖い夢を見て夜驚症が引き起こされる可能性は低いと考える専門家も多いようである。

    いずれにせよ、育て方というより、生まれつきの脳の素質によって起きるようである。

    また、遺伝の関りを指摘する専門家もいる。

    夜驚症をおこしやすい条件というものがある。

    〇過度の疲労、体調不良、ストレスがある場合

    〇新しく薬を飲み始めた場合

    〇新しい環境や慣れない環境で眠る場合
    夜驚症と思われる症状があらわれた場合には、上記の条件に十分に考慮した生活を送る必要がある。

    周囲の人たちにとっては、幼い我が子が一瞬にして錯乱状態に陥るなど、非常に衝撃的な症状ではあるが、健康上の心配はなく、昼間の生活に目立った様子がなければ特別な措置は必要ないとされている。

    逆に日中に遊園地に行ったなど興奮するほどの楽しい体験、交通事故などの恐怖体験、緊張を強いられる体験など良い意味でも悪い意味でも興奮した日は要注意である。

    自閉症などの発達障害があると、睡眠障害が現れやすいので、夜驚症を併発する場合があるとのこと。

    また、てんかんとの関係で見ると、睡眠時の症状がとても似ているが、てんかんが脳の神経の暴走であり、睡眠直後あるいは起きる直前が発作の起きやすい時間帯である一方、夜驚症は生理的現象が関係していて、発作の起きやすい時間帯としては睡眠時間の前半1/3であるという違いがある。

    夜驚症の症状が激しいと保護者は動転し、覚醒させようとしたり、声を荒げてしまいがちだが、起こそうともがくほど子供は寝ぼけて混乱し、再度眠りにつくまで時間がかかる可能性があるという。

    激しく動き回ることもあるので、身の回りに危険なものを置かないなど安全対策をとりつつ、発作は数分程度のことが多いので、症状が治まるまで待つことが大切なようである。

    予防的には日中のストレスをなるべく軽くするよう、話を聞く、たくさんのスキンシップを図るなどができると良いそうである。

    また、リラックスした入眠のために、寝る時間を決める、絵本を読むなどの入眠儀式を行う、寝る前に今日の出来事をほめるなどの工夫も良いとされている。

    遊び疲れも発作の引き金になりがちなので、十分な休息も意識的に取り入れることも大事なようである。

    もちろん、さまざまな工夫をしてみても、なかなか改善が見られないとか、1回の発作が10分以上続く、好発時期を過ぎてもまだ発作が起きるような場合は専門の医療機関で見てもらうことも大切である。

    健康上問題はないとはいえ、親にとっては大変ショックな症状でだと思う。

    成長に従って改善するとはいえ、なにか手立てはないものだろうか。

    結局昼間の興奮が引き金になるというのであれば、その興奮状態を沈めればいいということ。

    小児鍼で、よく親御さんに指導させてもらうのだが、背中を柔らかい毛先のブラシで軽く撫でてあげるといいかもしれない。

    ピンと張り詰めた背中の皮膚の緊張が緩むと、体の緊張も緩んでくる。

    背中に滞った気を飛ばしてあげるような感覚で行うのだが、興奮した日は就寝前にそのようなアプローチをしてあげると変わるかも知れない。

    どなたかぜひ試して欲しいものである。

  • 2020年10月15日

    先月8日に「昆虫食」を取り上げたが、昆虫食の世界は意外な程に奥深く、単に○○の昆虫は食べることができて、こんな味がして思いのほか美味しいのだそうだ、などという紹介だけで終わらせてしまうのはもったいないので、本の紹介とともにもう少し触れてみたいと思う。

    先月は日本や世界で食されている昆虫の一例と、健康食としても昆虫の一部を紹介した。

    しかし、昆虫食を広めようと奮闘されている方はどのような角度から昆虫食を捉えておられるのだろうか。

    昨今は各地で昆虫食の試食会が催されているようだが、そこに参加する動機を調べてみると、純粋に昆虫食の美味しさに惹かれ、昆虫食を極めたいという人のほかに、昆虫食の珍奇性に興味を持ち、イベント的な感覚で参加される方が多いようだ。

    確かに、先月お伝えしたような世界的な食糧事情の観点から将来的な必要性は高いのだろうが、そう言われても正直なところ、この飽食の環境の中においてなかなかピンと来ないというのが本音だった。

    また、栄養素的に見て、昆虫食がいかに高栄養だといっても、ほかの食材と比べてずば抜けて高いということではなく、「比べても遜色ない」レベルであることから、あえて昆虫食を選ぶ必要性も、これまたこの飽食の環境の中においてなかなか感じにくいと言わざるを得ない。

    実際、昆虫食を試そうとも思わない理由の中にもこれらは見られる。

    ほかのもので十分に栄養が取れる中で、なぜあえて昆虫を食べなければならないのかと。
    もちろん、

    〇牛や豚よりも小規模の土地で育てられる。

    〇牛肉1キロ生産するのに8キロの飼料が必要だが、昆虫1キロには2キロの飼料で済む。

    〇家畜に比べて温室効果ガスの排出量も少ない。

    など養殖に際し、環境への負荷が非常に小さいという昆虫食ならではの積極的なメリットもある。

    しかし、個人的に本書を読んで一番感心させられたところは、内山氏が提唱する「食育教材としての昆虫」というところである。
    近年よく聞かれるようになった「食育」という言葉であるが、明治30年頃に漢方医の石塚左玄という人が

    「体育知育才育は即ち食育なり」

    と使ったことが始まりだという。

    その言葉が最近になって復活したのは、食のグローバル化、ファストフード化によって起こった様々な問題がきっかけだったそうだ。

    カロリーや糖分が高く、ビタミンやミネラルなどほかの栄養素を含まない食品、いわゆるジャンクフードが巷に溢れてきた。

    若者たちに肥満が増え、生活習慣病予備軍が増大した。

    考えてみれば、レストランのメニューにカロリー表示はあっても、栄養表示はなかなか無い。

    そんな中で2005年に食育基本法が制定され、将来にわたって健康で文化的な国民の生活と、活力ある社会の形成のために食育プログラムをおこなっていくこととなったのである。
    小学生の課題で、魚の絵を書こうとしたらスーパーの切り身を書いた、という笑うに笑えないエピソードは有名である。

    そもそも「食」というものは「命をいただくこと」という基本を見失っていると内山氏は言う。

    話は少々ずれるが、日本の捕鯨は今もって世界から非難の的となっている。

    韓国の犬食も結構な問題となったこともある。

    また、鯨や犬に限らず動物全般を食べないベジタリアンやヴィーガンという人達もいる。

    この手の話題になる時、いつも思うのが「植物、野菜だって命でしょ」ということ。

    本当に山内氏の言うとおり、私たち人間は、というより、地球上の殆どの生物が他者の命を食することで命を育むことができるのだ。

    肉を食べようが食べまいが、命をいただいて生きているのは変わりないのである。

    ベジタリアンという主義が他者から何を言われる筋合いがないように、鯨食、犬食という文化が他者から何かを言われる筋合いというものは全くないと自分は思う。

    まあ、感覚としては自分も犬食を「うわっ」とも思うし、食いたいとは全く思わないが・・・。
    話を戻そう。

    内山氏が言うには、現在スーパーで売られている肉や魚の切り身では「命」をなかなか感じにくいという。

    その点、昆虫は生きていた姿そのままを食することが多く、そこに自分たちが生きていけることの意味を見出しやすいという。

    長野県のある小学校で食育の一環で昆虫食の試みが行われた。

    昆虫は牛や豚に比べて感情移入しにくいので食材として利用しやすいそうだ。

    また、未知の食べ物だから調理して食べても、必ずしも美味しく食べられるとは限らない。

    市販の食品は「美味しい」一辺倒であるが、食育としてあえて「まずさ」を経験することにも意味が有ると内山氏は言う。

    そして安全な食べ物であるかどうかを自分の五感で感じ取ることも重要な経験であると。

    市販の食品のように「消費期限」や「賞味期限」に頼ってばかりいると、「消費期限」を1分でもすぎれば廃棄してしまうとか、中には「消費」と「賞味」を混同して「賞味期限」を過ぎただけで廃棄するなどというバカバカしいエピソードも生まれることになる。
    生きるために食する。

    他者の命をいただく。

    自らの五感で食材の安全性を確かめる。

    「美味い」一辺倒が食ではない。

    なるほど、確かに食の基本に立ち返り、食の基本を確認する、という意味では昆虫食は最適なのかも知れない。

    本書「昆虫食入門」では世界の昆虫を食べる社会と食べない社会にはどのような違いがあるのかについて、昆虫を食べる心理とその関心の多様性について、等々についても非常に深く書かれている。

    我々が忌み嫌う「ゴキブリ」という語感。

    実はこれ「御器被り(ゴキカブリ)」から来てるそうな。

    江戸時代に御器(蓋付き椀のこと)に頭を入れている姿からつけられたという。

    そんなゴキブリの「汚い」「怖い」というイメージも人間によって付けられたものだが、世界では堂々と食べられている食材である。

    何が本当に人間にとって害虫であるのか。

    きちんとした見極めが必要なようである。

    いきなりゴキブリはなかなかハードルが高いが、機会さえあれば、イナゴ、コウロギあたりから是非とも食してみたいものである。

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