体のこと、あれこれ

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  • 2019年5月17日

    いきなりだが、頻尿と寿命には関係があることをご存知だろうか。
    まずは基礎知識から。
    そもそも尿は体内の有害物質や代謝で生じた老廃物質などを体外へ捨てるために、腎臓が濾過・産出する排せつ物である。
    濾過・生成される尿は1時間当たり60~120㎖、1日約1000~1500㎖であり、膀胱の容量は成人で平均500㎖程度とされている。
    しかし、人によって250~600㎖と個人差が大きい。
    体の大きさとはあまり関係がなく、小柄な女性でも1ℓ以上我慢できる人もいるとか。
    ちなみに、そのような人の膀胱は「貴婦人膀胱」と呼ばれるそうな。
    紀元前のローマ時代は「トイレに行かない女性ほど高貴である」とされていて、良家に生まれた女子は小さな頃からおしっこを我慢する訓練をさせられ、1日1回しかしなかったという。
    いやあ、高貴な人は大変ですなあ(笑)。
    1時間当たり約60㎖の尿が膀胱へ送られ、膀胱の容量の1/2~4/5程度蓄積されると大脳に信号が送られ、尿意が感じられることになる。
    膀胱の厚さは1.5㎝程度だが、尿が蓄積されるにつれて薄くなり、満タン時には3mmまで薄くなる。
    このように膀胱の伸縮性は非常に大きいのだが、年齢が上がってくるにしたがってその伸縮性は失われていき、溜めておける容量が少なくなっていくので、頻尿になっていくのである。
    なので、高齢になれば夜間にトイレに起きてしまうのはしようがないとも言える。
    問題はいかにその頻度を少なくしていくかということ。
    ちなみに、若い人は膀胱の伸縮性が保たれているので、トイレにもいかず長時間寝ていられるのは若者である証拠であり、若者の特権とも言えるのだ。

     

     

    膀胱に関連してもう一つ雑学を。

    尿や便を垂れ流ししてしまう魚類とは違い、陸上生活をする哺乳類が尿や便を溜めておける膀胱や直腸という臓器を持つのは、もし垂れ流しにした場合、それをたどって捕食者に容易に発見されてしまうからだそうだ。

    なるほど!

    「溜める」ことは自分の身を守るという意味で、きちんとした理由があるということか!

    さて、前置きが長くなったが、ここでいう頻尿とは夜間頻尿のことであり、夜2~3回以上トイレに起きる場合を夜間頻尿という(日本泌尿器科学会でも回数の規定はなく、出典によって様々)。

    50歳以上ともなると、1回はトイレに起きるのは標準らしい。
    3回以上トイレに起きる人は70歳以上では男性30%、女性15%にも及ぶという。
    この夜間頻尿になっている人と、そうでない人では死亡率が2倍高くなるというのである。
    統計学上寿命に差が出ているということである。
    その詳しい原因は明らかでないが、睡眠が中断されることによって体や脳の休息が不十分になるということは容易に考えられる。
    また、覚醒しきれていない状態で動くことで、転倒などによって骨折を招くリスクはある。
    実際、ある高齢者施設での調査結果ではAM1:00~7:00の転倒が20%以上にもなったという報告もある。
    当然ながら、高齢者の骨折は著しい身体機能の低下を招くことから、死亡リスクにつながる。
    東洋医学的にも腎は生命力の源と言われており、腎と表裏の関係にある膀胱のトラブルが腎に影響を与えているとしても何ら不思議はない。

    夜間頻尿の原因は

    ①夜間の尿量そのものが多くなる

    ②尿を貯めておけない

    ③不眠によってトイレに行く
    などがある。
    基本的に夜間は尿量が昼間よりも減るのだが、それが増えるのは単純に就寝前の水分の取りすぎのほか、糖尿病、高血圧、うっ血性心不全、腎機能障害、睡眠時無呼吸症候群などの疾患によっても多尿となる。
    夜間頻尿を「年のせい」と侮ってはいけない。
    夜間頻尿は
    「他の疾患があるかもしれない」

    という警告でもあると捉えた方がいいし、ほかの疾患があるのだとしたら、その治療が頻尿改善にとって最も大切になるということだ。

    ②の尿を貯めておけなくなるのは、上記のように単純に加齢に伴って膀胱の伸縮性が低下し、絶対的な容量が小さくなることと、過活動膀胱、前立腺炎、膀胱炎などによって膀胱が過敏になるために頻回にトイレに行きたくなることで起きる。

    過活動膀胱は膀胱の筋肉が硬くなることで、尿が少したまっただけでも膀胱内の圧力が高まり、尿意につながるからである。
    また、脳卒中やパーキンソン病、多発性硬化症等々、脳や脊髄の疾患により、尿意と排尿の神経伝達がうまくいかなくなり、コントロールできなくなる神経因性で起きることもある。

     

     

    さらに、女性の場合は加齢や出産によって膀胱・子宮・尿道などを支えている骨盤底筋が弱くなるなどのトラブルによって、排尿メカニズムがうまくいかなくなる場合もある。

    尿意を感じやすくする要因の一つにストレスもある。

    通常、交感神経は排尿を押さえる膀胱括約筋を緊張させるが、強いストレスは交感神経をさらに刺激し、膀胱そのものも小さくする。
    膀胱内の容積が小さくなればその分尿意を感じることになる。
    イベントなどで緊張するとトイレに行きたくなり、しかし、トイレに行ってみても実際はそれほど尿がたまっていないのはこのせいである。

    前立腺肥大や高血圧が加わると、さらに交感神経の働きが強まり、尿意はあるのに、なかなか排尿できない状態になる。

    最近の研究によれば、体内の一酸化窒素(以下NO)の激減が排尿障害をはじめ、高血圧、糖尿病、動脈硬化症、うつ病などの発病に関わっていることが分かったという。

    NOは全身の平滑筋を緩める作用があり、これは尿の出口も緩めるため、尿が出にくい、時間がかかる、尿の間隔が近くなるなどの排尿障害が緩和されるという。
    このNOが減る原因は
    ①活性酸素による酸化
    ②糖化
    なのだそうだ。
    活性酸素は、カロリ―過多の食事、喫煙、紫外線、放射線によって増える。
    糖化は高血糖であることや揚げ物などの過剰摂取によって起こる。
    NOを増やすには運動によって血流量を増やし、血管の内壁を刺激することで増えるという。
    こんなところにも運動の効能が関わってくるらしい。
    もはや、長生きするかどうかはともかく、健康で過ごしたいならば運動は欠かすことのできない要素だということのようだ。
    食事としてはアミノ酸が含まれる赤肉、魚や大豆などの良質タンパク質を多く取ることが推奨されている。
    ただし、肉の飽和脂肪酸はNOをつくる血管内皮細胞を傷つけるので、摂りすぎには注意を要するとのこと。
    まあ、年を取ると肉を避けがちになるけれども、これまで通り食べるようにすると良いということなのだろう。
    特に男性の場合、頻尿とくれば前立腺肥大と思われがちだが、頻尿の原因となるのはそれだけではない。

    運動と食事内容の工夫によって、極力頻尿を予防することが健康寿命を延ばす手段であることを覚えておこう!

  • 2019年5月9日

    古来、日本では「死」は忌むべきものと捉えられてきた。
    「忌引き」というものも、穢れを周囲の者へ伝播させないためという意味合いもあったようである。
    そんな辛く悲しく、忌むべき「死」を「生きる力」に変えようとする試みがある。
    中国では精神的な心の問題を解決するためにセラピーとして擬死体験が行われているという。
    まず、最初に遺書を書いてもらい、本当にこれから死ぬような悲しい気持ちになってもらう。
    次に棺桶に入る。
    棺桶に入ると葬式の時に流れる寂しい音楽が鳴り出す。
    5分ほどすると、赤ちゃんの穏やかな鳴き声が聞こえ始める。
    そして、セラピストが陽気な音楽とともに死者の棺桶を開き、患者を生き返らせるという手順である。
    これを行った多くの人は「私は死から生還した」と言い、今までと異なる価値観で考えるきっかけとなり、新しい人生を歩めるようになるという。
    自殺率の高い韓国でも擬死体験が行われている。
    最初に行うのは自分の葬式で飾る写真を取ること。
    次に薄暗い部屋の中で白い装束を身につけ、家族への遺書をしたためる。
    そして蓋を閉じた棺桶の中に10分間横たわり、これまでの人生を振り返りながら、じっくりと自分の死を見つめる。
    最後に困難に直面しながらも人生を歩み続ける人たちのドキュメンタリー番組が流れ、主催者が励ましの言葉をかけるそうだ。
    講師によると、参加者たちは棺桶から起き上がると気持ちが「不思議なくらいにリフレッシュ」し、抱えている悩みから「解放された」気分になるという。
    参加者の90%以上が新しい人生観を得ているそうだ。
    日本でも似たようなもので「生前葬」というものがある。
    ただし、こちらは生きている間にお世話になった方々へ直接お礼が言えるなど、死生観を問うものというより、現実的な意味合いの方が強いようである。
    中には実際に棺桶の中に入るやり方をするところもあるようだが、基本的にはパーティーであるようだ。
    やはり式の模倣だけではなく、実際に死者の視線になることが大事なのだろう。
    寺社フェス「向源」(宗教や宗派を超えて、神道や仏教などを含めた様々な日本の伝統文化を体験できるイベント)では、「死の体験旅行~死を通して生を見つめる~」というワークショップが行われるという。
    これはもともと仏教とは関係なく、欧米のホスピスで終末医療として行われていたワークショップらしい。
    この「死の体験旅行」はいくつかの大学でも取り組まれているワークショップで、方法はだいたい共通しているので、関西学院大学で行われている方法を紹介したい。
    まずは以下の4領域からそれぞれ大切なもの三つずつ選んで、12枚の紙に書くことから始まる。
    〇形のある大切なもの
    〇大切な活動
    〇大切な人
    〇形のない大切なもの
    この時、多くの人がふだん何を大切にしていたのか考えていなかったことに気づくという。
    それから、あなたは癌に冒され、亡くなっていく過程を疑似体験する。
    ある日始まる体調不良。
    自分の体の変化に対するかすかな不安。
    それでも普通に繰り返される毎日。
    そして徐々に悪化していく症状。
    病の経過をつづった日記が読みあげられる中で、12枚の紙の中から何をあきらめるのかを決めて、順番にその紙を破っていくのである。
    ・入院して検査が続くときに3枚。
    ・手術するときに3枚。
    たいていは、形あるものから消えていくという。
    さらに、自身の病気ががんであるとわかって3枚破る。
    そして、最期を悟ったときに2枚を破る。
    本当に大切なものは何だったのか。
    何のために生きてきたのか。
    手放す過程でこうした問いを自らに突きつけ、その答えを求めて参加者たちは苦しむという。
    これが、自分という存在の根底を揺るがす「スピリチュアル・ペイン」、つまり魂の痛みだという。
    残った1枚は、多くが「母」や「配偶者」、「子ども」、「愛」、そして「人生の目的としてやりたいこと」なのだとか(ちなみに父親はあまり残らないらしい)。
    それを持って目を閉じ、「さようなら」の言葉とともに破る…。
    死の疑似体験によって学生は変わっていくという。
    当たり前の生活がどれほど大切なものだったのか。
    いかに多くの人に支えられてきたか。
    死に直面して苦しんでいる人になんと安易な言葉をかけていたか。
    そうしたことに気づくというのである。
    ワークショップの後に、死を前にして伝えたかったことを書いてもらうそうだ。
    多くは、「ここまで育ててくれてありがとう」といった感謝、「天国から応援しているよ」といった残される人への思いやりが書かれるとか。
    このワークショップについてもっと知りたい方は、「死生学」を教えていらっしゃる藤井教授のインタビュー記事が下記に掲載されているのでご覧いただきたい。
    http://www.asahi.com/edu/university/kougi/TKY200902060188.html
    この擬死体験は、おそらくこれまで「死」を意識していなかった人がやるから人生観の転換が得られるのだろう。
    今まさに自死を選ぼうとする人間にとってはとんだ茶番に感じるかも知れない。
    だが、「逃げ道としての死」を見つめるのではなく、「生きることの意味を問いかける死」を見つめてくれていたら、もしかしたら選択が変わる可能性もあるだろう。
    特に思春期の世代などは、いじめなどで深刻な状況に陥る前に、一度経験してみるのもいいかもしれない。
    そして、「学校へ行かないこと」も一つの選択肢だと気づいてくれてたら、誰も悲しまずに済むことだろう。
    ・・・自分も機会があればこのようなワークショップに是非とも参加してみたいものである。
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