体のこと、あれこれ

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  • 2019年2月13日

    最近テレビやラジオでよく聞かれる「ヒアルロン酸」や「コンドロイチン」という物質。
    これらはすべて「ムコ多糖」という物質の仲間である。
    「ムコ」はラテン語のmucusから来たもので、動物の粘液分泌物の意になる。
    ストレートに読めば「粘性のある多糖類」ということだろうか。
    種類がいくつもあり、体の中での役割は軟骨の主成分、皮膚の結合組織、へその緒、目の硝子体に含まれるヒアルロン酸、血液凝固を阻止する物質・ヘパリン等々体中の様々な場所で「ムコ多糖」は働いている。
    もっとミクロ的にみると、「ムコ多糖」は細胞同士の接着にも使われている。
    そして常に合成と分解がくり返し行われ、常に入れ替わっているのである。
    分解にはそれぞれ特定の酵素が使われているのだが、その酵素がなくなると、不要なムコ多糖が細胞内に蓄積していくことになる。
    それによって生じる病気を「ムコ多糖症」という。
    ムコ多糖には様々な種類があるので、それぞれに応じて分解酵素も様々な種類がある。
    なので、どの分解酵素が欠如するかによって病気が異なってくる。
    今回取り上げるハンター症候群はムコ多糖症Ⅱ型である。
    ちなみに、ムコ多糖症はⅠ型からⅨ型(ただしⅤ型とⅧ型は欠番)の7種類がある。
    ハンター症候群は1917年にハンター医師によって報告されたのでその名がついた。
    「イズロン酸-2-スルファターゼ」という酵素の欠損によって起こる遺伝子疾患である。
    ムコ多糖症の中では唯一の性染色体劣性遺伝で男性のみの疾患である。
    日本では年間5~10人が病気を持って生まれ、現在では200人弱の患者がいると推計されている。
    世界的には11~13万人に1人の発症率とされている。
    生まれた時点では他の新生児との外見上の違いは見られないが、成長に伴い、1~2歳ごろから特徴的な身体機能(特徴的な顔貌、骨変化、角膜混濁、関節可動域の低下)や、精神発達地帯が観察されるという。
    特徴的な顔貌とは頭のサイズが大きくなり、前額突出、低い鼻梁、広がった鼻翼、眼間乖離等々となる。
    身体的にはがっしりとした太く短い躯幹・四肢、厚く張った皮膚等々があり、内科的には肝脾腫、心雑音、心不全、難聴などがみられる。
    重症度によって寿命に開きがあり、10~15年から60年とされている。
    1917年に初めて報告され、何らかの酵素の欠損による疾患であることは分かっていたが、長年その原因酵素は不明であった。
    1973年に欠損酵素が明らかになり、1990年に酵素の遺伝子配列が明らかになったことによりようやく治療の道が開けたという。
    疾患の発見から治療の道が開けるまで、なんと73年。
    本当に長い道のりだったようである。
    2006年以降に本酵素の補充療法の臨床試験が報告され、有効性が証明されたのである。
    ただし、この時点では身体的な症状を遅らせることが可能になっただけで、中枢神経症状に対する有効性は認められていなかった。
    それは脳に「血液脳関門」と呼ばれる特別な防御システムがあった為である。
    この「血液脳関門」というシステムは脳を異物から守るために「決まった物質」以外は侵入させないようになっており、その働きのため酵素を脳にだけ届けられなかったのである。
    しかし、2017年3月、日本の製薬会社が「決まった物質」と一緒にその「血液脳関門」を通過させて神経細胞に届ける技術を開発したとの記事が出た。
    まだ動物実験の段階とのことではあるが、こうして少しずつ不可能を可能に変えることができたことは非常に喜ばしいことである。
    https://mainichi.jp/articles/20170319/ddm/041/040/056000c
    ムコ多糖症Ⅰ型のハーラー症候群、Ⅲ型のサンフィリッポ症候群、Ⅳ型のモルキオ症候群、Ⅵ型のマロトー・ラミー症候群、Ⅶ型のスライ症候群、そしてムコ多糖症Ⅸ型(このタイプは全世界で数例の患者が報告されているのみ)。
    それぞれ似た症状を呈するものもあれば、全く異なる症状のものもある。
    ムコ多糖類が分解できずに細胞に蓄積されることで、発症する疾患がこれだけあるということだ。
    それぞれの分解酵素のどれ一つとして欠損してはならないのである。
    いつも感じることだが、先天的な病気もなく生まれるということは、病の数を知れば知るほどにどれだけ奇跡であることかが分かる。
    「関節の軟骨」としてしか聞いていなかったヒアルロン酸という言葉を、これからはもっとありがたみを持って聞くことになるだろう。
  • 2019年1月30日

    トレパネーション。
    日本語訳では「穿頭(せんとう)」という。
    頭皮を切開し、頭蓋骨に穴を開ける療法で、古来、神秘主義に基づいて行われ、開けた頭蓋骨の穴はふさがずに、頭皮だけは縫合される。
    その歴史は古く、石器時代にまでさかのぼり、割礼と並び、人類最古の手術の一つと言われているとか。
    フランスでは紀元前5000年頃の頭蓋穿孔手術を受けた頭蓋骨が発見され、ヒポクラテスの著書にも書かれているなど、本当に古くからおこなわれてきたようである。
    しかし、目的は現代医学に通じるようなものではなく、病気を患った患者の頭から悪い鬼を追い出すために行われていたという。
    現在、頭蓋穿孔を受けた者は
    「とにかく幸福で、エネルギッシュで、倦怠感を感じるようなことは無くなります。意識はスッキリと明瞭になり、大人になってから感じるようになった倦怠といった重荷をおろしてスッキリと軽くなりました。簡単にいえばまるで子供の時に戻ったような気分です。」
    と述べている。
    なぜこのような変化が生まれるのだろうか。
    トレパネーション普及を提唱するオランダのバート・ヒュージ氏はその理由として
    「脳内血流量の変化である」
    と言っている。
    乳児は頭蓋骨が完全には塞がっておらず泉門と呼ばれる隙間があるが、その存在によって血流量が大きく保たれているとし、それと同じような状態になるというのである。
    バート氏の弟子で、自身もトレパネーションを行ったピート・ハルヴォーソン氏は
    「トレパネーションを行うことで、思うままに脳の中を活発化させることができるようになります。高度の意識に目覚め、楽観的で、情熱的な人間になるでしょう。これまで悩んでいたような些細な問題なんかは楽しみにさえ思えるようになります。一生を通して最高の気分が持続するわけです。」
    と絶賛している。
    それまでの20年間うつ病に苦しみ、様々な治療を行ってきても治らなかった氏だからこそ余計にその変化が偉大なものであり、大きな幸せを感じているようである。
    一方、脳外科の専門家らは一様に否定的な見解である。
    これまで脳疾患の治療のために頭蓋骨の両側に穴をあけて頭蓋骨内の圧力を軽減するという方法も行われてきたという。
    しかし、結果的にそうした方法はすべて失敗に終わり、今では破棄された方法であるという。
    ただ、現在でも頭蓋骨の一部が、一時的に取り除かれる手術は行われることはある。
    脳卒中や頭蓋損傷などで脳に炎症が起き、そのままでは脳の腫れ自体が脳組織の損傷を起こしうる場合には、除圧を目的として一時的に頭蓋骨の一部が取り除かれる。
    もちろん、脳の腫れが引けば頭蓋骨は戻されることになる。
    また、近年、こんな研究結果も報告されている。
    米テュレーン大学の形質人類学者のジョン・ベラーノ氏は14~15世紀のペルー、すなわちインカ帝国ではかなり穿頭術が行われていたが、その穿頭術跡が残る頭蓋骨を調べ上げ、手術後の生存率が非常に高かったと報告しているのである。
    ヨーロッパなどほかの地域で槍や刀などの武器が使用されていたのに対し、インカでは棍棒など打撃による武器が使用されていたため頭蓋損傷の率が高く、それへの対処から穿頭術が古くから行われるようになったという。
    どうやら穿頭し、砕けた骨片を取り出していたようだ。
    ベラーノ氏の研究では術後の生存率は70%にも上っていたという。
    これは現在の医学にも通ずる脳の炎症による浮腫に対する除圧になっていたのかもしれない。
    とすると、インカで行われていたトレパネーションは神秘主義的な意味合いというより、経験に則った外科手術だったということになるのではないだろうか。
    また、トレパネーションで穿孔する場所はツボでいうと印堂という、いわゆる「第三の目」と呼ばれている額中央なので、もしかしたらその場所にこそ意味があるのかも、という疑念も残る。
    実際、チベット仏教では高僧にやはり第三の目と言われる額中央に穿孔する処置が行われていたとの記述が散見されるのである。
    このトレパネーションを取り上げてみて気づいたが、数年前までトレパネーションを行った男が主人公の「ホムンクルス」という漫画が連載されていたこともあり、トレパネーションに感心が高まっていたようで、それを取り上げたサイトが数多くあった。
    しかし、トレパネーションを実際に行った例は乏しい。
    脳の専門家には「意味がないこと」として認知されているので、実験的であっても行われることもなく、基本的に科学的に検証することはほとんど不可能である。
    法的にも明確な理由があっての施術でなければ認められないので、数少ない経験者がいくら「良いものだ」と言っても、事実上普及もされていない。
    だが、どの世界でも型破りな人物はおり、南米にトレパネーションを引き受けても良いという医者が出てきたそうで、アメリカのトレパネーション信奉者らはこぞって施術を受けることにしているらしい。
    そのうち、どこかのTVで、施術を受けた人たちのことを取り上げる番組も出てくるかもしれない。
    個人的には、骨の一部がないということはその部分に何らかの衝撃が加わった際、脳への直接的な打撃が加えられるリスクがあるので、やはりやるべきではないと思う。
    しかし、現段階ではまだトレパネーション自体の効能を完全に否定はできないとも思っている。
    その理由は、現在脳科学の分野では、「脳は直接光を感じ取ることができる」ことが確認されているからである。
    以前に「光療法」を取り上げたことがあるが、北欧のような冬の日照時間が少ないところでよく発症する「季節性のうつ病」は耳に光を当てるだけで改善するという。
    耳の奥に届く光を、皮膚を通して脳が感知し、いわば日照時間の補足のような役割を果たすようである。
    ならば、トレパネーションでも皮膚を通して光が脳へ届くようになれば、うつ病の症状とは真逆の「至福感、高揚感にあふれるようになる」などの精神的な変化をもたらす可能性はありうるのではないだろうか。
    また、トレパネーションで穿孔する場所はツボでいうと印堂という、いわゆる「第三の目」と呼ばれている額中央なので、もしかしたらその場所にこそ意味があるのかも、という疑念も残る。
    実際、チベット仏教では高僧にやはり第三の目と言われる額中央に穿孔する処置が行われていたとの記述が散見されるのである。
    以前、脳の疾患のために側頭部に穴があけられていた時に脳の疾患の改善は見られなかったかもしれないが、
    どのような疾患については無意味だったのか、
    精神的な変化はどうだったのか、
    脳の疾患のない普通の人が行った場合にも何ら変化はないのか、
    穴を開ける場所が側頭部ではなく額中央であったならどうだったのか、
    それらの違いについては何ら言及されていないし、おそらく検証もされていないだろう。
    そこまで検証が進み、全否定されるのであればトレパネーションは「単なる思い込み」と判断できるだろう。
    科学的検証とは、再現性があってこそ認められる世界であるから、南米にトレパネーションを引き受ける医者が出てきたとしても、医学界全体でその検証が行われない限り、両者の主張は平行線をたどるのみである。
    もし、トレパネーションの意味がボート氏の言うような頭蓋骨の一部を開放することによって圧力を逃がして脳血流量の増加を期待するものではなく、
    光が脳へ届くことに意味があるのだとしたら、空いた穴を透明の強化プラスチックなどで塞げば脳が直接的に打撃を受けるリスクは無くなるかもしれない。
    そんな事を考えるのだが、トレパネーション自体が意味のあることと認められなければ、それは単なる夢想でしかない・・・。
    あなたはトレパネーションを信じますか?
    そして、やってみたいと思いますか?
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