体のこと、あれこれ

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  • 2018年3月29日

    あなたも時にむくみ(浮腫)が気になることはないだろうか。
    一般的には立ち仕事の人の足のむくみや、寝起きの顔面のむくみなどがあるだろう。
    むくみは体表の目に見えるところにだけ現れるのではない。
    喉に起きれば嗄声(させい:かれ声)や喘鳴、ときには呼吸困難をも引き起こすことにもなり、重大な症状にもなるのである。
    このような突発的に体のごく一部に生じる浮腫は「血管性浮腫」とか「クインケ浮腫」と呼ばれる。
    19世紀後半にドイツ人のクインケ医師によって最初に報告された。
    そのうち、遺伝性が明らかなものとして区別されたのが今回の遺伝性血管性浮腫(以下HAEと略)と呼ばれるものである。
    HAEはまぶたや唇、手足、そして時には気道や内蔵に突如として限局した「浮腫」が出現し、突如に引くという症状を繰り返す疾患である。
    消化管にその浮腫が現れれば腹痛や下痢を起こし、気道に現れれば窒息を起こしかねないので、発作の管理が極めて重要となる疾患である。
    海外では5万人に1人とも言われているようだが、日本での有病率は明らかになっていない。
    通常の血管性浮腫がヒスタミンを原因として生じるのに対し、HAEは遺伝子異常により「C1インヒビター」というタンパクの減少・機能異常によって現れるのだそうだ。
    「C1インヒビター」というタンパク質に異常があると、血管の外に血液中の水分などが漏れやすくなるため、漏れ出した部位に浮腫が生じることになるのである。
    通常の血管性浮腫との識別をまとめると以下のようになる。
    HAE遺伝性血管性浮腫 (C1-INH欠損による) 徴候と症状 血管性浮腫 (ヒスタミンを介する)
    通常は、家族のだれかに繰り返す浮腫が見られる 家族の病歴 家族に同様の症状なし
    皮膚の腫脹(境界が不明瞭) 舌の腫脹

    腹痛発作 喉頭浮腫(ときに致命的である) 蕁麻疹に付随しない

    臨床症状 皮膚の腫脹(境界が明瞭) 舌の腫脹 ほかの器官は影響なし
    多くの場合、蕁麻疹に付随する
    小児期または思春期に最初の徴候 (出現消退を繰り返す浮腫) 発症年齢 成人期に最初の徴候
    ●HAE 1型(C1-INHの機能およびタンパク量の低下)

    ●HAE 2型(機能的な低下のみ)

    ●HAE 3型(女性のみ発症、C1-INH欠損でなく 血液凝固第12因子の遺伝子異常?)

    種類と原因 ●特発性(原因不明)

    ●急性または慢性蕁麻疹に関連

    ●ACE阻害剤(喉頭浮腫を引き起こす可能性もある)

    ●他の薬剤

    ●補体C4濃度が低い

    ●C1-INH活性の低下(HAE 1型、2型)

    ●C1-INHタンパク量の低下(HAE 1型)

    検査所見 (血漿) C1-INH活性とタンパク量は正常(極めて少数例ではC1-INH活性の低下がみられることがある)
    発作時には、HAE 1型、2型ともにC1-インヒビター補充療法、 予防時には抗プラスミン剤、抗ゴナドトロピン薬 治療 蕁麻疹関連の場合:副腎皮質ホルモン剤、抗ヒスタミン
    HAEのわかりやすい大きな特徴を見ると、
    ①家族にも同様の症状が現れる
    ②皮膚の腫脹の境界線が不明瞭ではっきりしない
    ③腹痛発作や喉頭浮腫など皮膚以外の器官にも現れる
    ④蕁麻疹に合わせて発症しない
    ⑤発症年齢が小児期~思春期と若年である
    といったところだろうか。
    HAEは若年期から身体の各所で繰り返し生じる。
    発作の引き金になるのは身体的・精神的ストレスとも言われているが、何ら誘因がなくとも生じることもあるそうだ。
    境界がはっきりせず、ぼんやりと腫れぼったくなり、一般的には1~3日ぐらいで跡形もなく消失する。
    しかし、発症頻度は個人差が大きいようで、ほとんど発作を起こさない人もいれば、多い人では週に1~2回も生じる人もいるという。
    半数の患者さんは1か月に1回かそれ以上の発作を経験するとのこと。
    HAEは稀な疾患であるがゆえに診断名が付くまで時間がかかることが多いという。
    ただし、遺伝性疾患なので、遺伝子検査を行えば正確な診断ができることもその通りである。
    突然変異で発症した場合はなかなかたどり着くことは難しいかもしれないが、片親がHAEであれば50%の確率で遺伝することになるので、あらかじめ遺伝子検査を行うことで、まだ症状が発現していない場合でも将来に備えておくことが出きる。
    治療法は欠損している「C1インヒビター」の補充療法が中心となるようだ。
    同じ腫れる症状でも蕁麻疹は発赤し、かゆみが強く数時間以内で急速に消えてしまうが、HAEは発赤もかゆみもなく腫れが引けるまでに時間がかかるので、そのあたりも覚えておくと識別に役立つかと思われる。
    腫れが体表上であれば見た目が一番の問題となるが、口の中、舌、気道などに現れると息がしづらくなり、窒息の恐れも出てくるので大変危険である。
    消化管に発症すると腹痛のほかに嘔吐、下痢などの症状もみられる。
    こちらも腫れ自体は2~3日で収まるとはいえ、その間苦痛にさいなまれることを考えれば大変な疾患であることは間違いない。
    209名のHAE患者を調べたところ、131110回(一人当たり約627回の発作回数、なんと多くの発作に悩まされていることか!)の発作のうち、皮膚上と腹部に起きたのが約半数ずつで、喉頭部に起きたのは約1%だったという。
    そして、この疾患のほとんどの人は皮膚や腹部での発症を経験するが、喉頭部での発作を経験した人は約半数の108名だったという。
    つまり、この疾患を発症すると、窒息の危険性を持つ発作を起こすことは少ないけれども、半数以上もの人が少なくとも一度は経験するという実態が明らかになっている。
    「浮腫む」という症状は中高年の方であればほとんどの人が経験したことがあるのではないだろうか。
    たかが浮腫みだが、その浮腫みが命をも脅かすことがあるのである。
    たった一つの遺伝子の異常によってもたらされる命の危険。
    何ら身体的欠損もなく、何一つ遺伝子に異常なく生まれてくるということは、かくも奇跡に近いものなのだと改めて感じさせられる。
    「生きているだけで丸儲け」とは本当に真実なのかもしれない。
  • 2018年3月20日

    あなたは死をどこで迎えたいだろうか?
    それともそんなことはまだ露ほども考えられないだろうか?
    昨年、日本男子の平均寿命は男性80.98歳、女性87.14歳となった。
    自分の場合だと平均寿命を生きるとすればあと24~25年といったところである。
    しかし、こんなことを書いている明日にでも、何らかの事故で死ぬかもしれない。
    そろそろ山シーズンが始まるが、山で不運にもクマと遭遇し死んでしまうかもしれない。
    何らかの疾患を患い、それが急性疾患であれば1か月後には死んでいる可能性もある。
    人の人生などは不確定なのだ。
    不確定だからこそ「一日一日を大切に」などと言われても実感がわかず、自分などは無為に時間を過ごしてしまうのである。
    しかし、期限がもし目の前に提示されたとしたら、こんな自分でもきっと生き方が変わるだろうと思う。

     

     

    この本は1990年に出版されたもので、もうかれこれ30年近く前に書かれたものである。当時の癌患者が置かれた医療状況の中で、一人の人間として尊厳を持った死を迎えるために医療とはどうあるべきかを模索した著書である。

    当時に比べれば癌治療も進歩し、死亡率自体は減少してきている。様々な角度から新しい治療方法も研究され、決して死を意味する疾患ではなくなりつつある。

    しかし、高齢化に伴い、その実数は年を追うごとに増え続けている。

    当然ながらすべての人に死は訪れるものだし、死に至らしめる疾患は癌以外にも多数あるけれども、三大疾病と言われる癌、脳卒中、心疾患の中で見ると、
    脳卒中や心疾患は発症が急激であり、そしてまた死を迎える場合も急激である。
    遺族にとっては心の準備が整っていないうちに大切な人を亡くしてしまうという悲しみが襲ってくるのだ。
    一方で癌の場合は発症から死を迎えるまでの期間が比較的長く、さらに明確な意識を保ったまま推移する。
    つまり、本人や家族が現実的な死を見つめながらともに生きるという他の二大疾患とはまた違う特殊な面もあるのである。

    そんな患者のために、あなただったら日本の医療はどうあってほしいだろうか。

    山崎先生の人生観が変わったのは1983年の南極に向かう海の上でのことだった。

    南極海の地質調査船の船医として乗り込んでいた山崎先生は、日本から多くの本を持ち込んでいた。
    その中の一冊にエリザベス・キュプラー・ロス著「死ぬ瞬間」があった。
    医師という「死」に携わる職業に就くものとして、何らかの参考になればという軽い気持ちで手にした本だった。

    しかし、そこに書かれていた内容は、それまで「あたり前」と思っていた終末期患者への対応の価値観を大きく変えるものだったのである。

    それまでの終末期にある患者さんにとっての死とはどんなものだったのだろう。

    本著の前半部分では山崎先生がそれまで見聞きしてきた典型的な事例がいくつか紹介されている。
    そのお一人お一人にとっての死は、彼あるいは彼女自身のものではなく、家族や医療側のものだったのである。
    もちろんすべての人にとって告知が正しい選択になるとは限らない。
    しかし、「死の告知は患者に絶望を与え、生きる気力を奪ってしまう」という理由から、告知をされなかった彼らの多くはどのような最期を迎えただろうか。
    最初は医者を信じ、家族を信じ、自分は完治すると信じ疑わない。
    しかし、病状は悪化の一途をたどる。
    疑問を呈しても周りは「大丈夫、頑張って、治るから」と答えるばかり。

    いつしか変わっていく身体に不安は増し、周囲の者たちに対する不信感は募り、徐々に迫り来る死の予感とともに、裏切られたとの思いの中で絶望をしていくことが多いという。

    また、ある医師はそれまで癌と闘うことに一生懸命だったが、余命いくばくもないところまで来ると、まるで興味を失ったかのようにほとんど患者のもとを訪れることもなくなり、
    いざ最期という段になり、「最後まであきらめない。尊い命を長らえさせる」という「美しい信念?」のもと、本人の苦しみなど無視するがごとく、あらゆる延命治療を施し、わずかばかり最期を先延ばしさせる。
    繰り返すが、人の価値観は様々である。
    信念や性格も様々。
    すべての患者に告知が正しいものとは限らない。
    また、家族の中にも、たとえそれが数分の先延ばしであっても「最後まであきらめない」ことに生きることの意味を見出す人もいる。
    だからこそ上記のような医療が受け入れられ、山崎先生にしてもやるせなさを感じながらもそれが「あたり前の医療」として信じられてきたのである。
    そんな山崎先生を変えたのがエリザベス・キュプラー・ロス著の「死ぬ瞬間」の以下の一節だった。
    「患者がその生の終わりを住み慣れた、愛する環境で過ごすことを許されるのならば患者のために環境を調整することはほとんどいらない。家族は彼をよく知っているから鎮痛剤の代わりに彼の好きな一杯のブドウ酒をついでやるだろう。家で作ったスープの香りは彼の食欲を刺激し、二さじか三さじ液体が喉を通るかもしれない。それは輸血よりも彼にとってははるかにうれしいことではないだろうか」
    ここにはなんと尊厳に満ちた最期が描かれていることだろうか。
    当然ながら終末期に鎮痛剤はいらないというのではなく、痛みと言っても心因性の痛みの場合には鎮痛剤より、よっぽど一杯のブドウ酒の方が効くだろうという意味である。

    一人の人間が最期を迎えるにあたって、望むままにかなえさせようとする尊重の念があふれている。

    著書の後半は山崎先生が意識を変えてから向き合ってきた人々の事例が紹介されている。

    しかし、意識を変えたからと言って最初からすべての人にうまく対応できたわけではない。
    そこにはまだまだ足りない何かや、課題が正直に語られている。
    一人一人がまるでドラマでも見るかのようなエピソードにあふれている。
    先生ご自身の身近な人も逝ってしまう。
    最後の間際まで意識を保ち、別れの挨拶を周囲の人とかわしながら、やがて眠るように逝ってしまう。

    心から「ああ自分もこんな最期が迎えられたら、生きてきた意味も肯定できるかもしれない」とそんな風に感じさせられるのである。

     

     

     

    ところで、現在日本におけるホスピスはどのような現状なのだろうか。

    2017年の時点で(日本ホスピス緩和ケア協会調べ)、全国では394施設、8068床のホスピスがあるとされている。
    ホスピスの利用は1990年に厚労省がスタートさせた「緩和ケア病床承認制度」との兼ね合いで悪性腫瘍とエイズの疾患で、病状が末期であることが条件とされている。
    では2017年にガンで亡くなられた方はどのくらいかというと、およそ378000名とのこと。
    あまりにも実情に合わなすぎる。
    経済大国ではなくても、北欧のように充実した医療・社会保障制度を作り上げている国もあれば、世界三位の経済大国ながら軍事費を聖域とし、医療・社会保障制度を後退させていく国もある。
    結局、あたりまえの話だが、何を優先させるか次第で国のありようは変わるということだ。

    ホスピスの概念はヨーロッパで生まれたものである。

    ちなみに、我が岩手の現状はというと、日本ホスピス緩和ケア協会のサイトによると県内の病院でホスピス科を併設しているのは5件だけだった。
    ターミナルケア可能な老人ホームは随分と増えてきてはいるようだけれども、まだまだ岩手における終末期医療やホスピスは十分とは言えないようである。
    また、自宅での最期を迎えたいと希望する人は8割にも上る。
    確かに戦後間もない昭和26(1951)年には82.5%の方が自宅で亡くなられていたそうだ。
    しかし、現在では逆に8割以上の方が病院で亡くなられていて、自宅で最期を迎える方は13.0%にまで減っている。
    ただし独居老人は逆に孤独死を恐れ、病院や施設での最期を望む。

    その人の生きてきた道が最期にも表れるのかもしれない。

    現在、「告知を受けた上での尊厳死」は広く認知され、終末期の延命治療は望まない人は多数派となっている。
    自分の母親も時々そのことを口にしているし、自分自身もいざとなったら延命治療は望まないし、ビビリなのでもし薬剤がきかず痛みが続くようなら安楽死さえさせて欲しいと思う。
    もちろん、最後の最後まで闘い切る生き方というのも非常に気高く、とても勇気のある生き方だと思う。
    また、告知など受けずに、仮に命の期限が近いとしても特別なことは何もせず、求められる治療を淡々と受け止め、飄々と生きる生き方というのもありだ。
    どれが正しく、どれが正しくないというものではない。
    そして、住み慣れた我が家で、家族や使い慣れた道具に囲まれながら逝くか。
    病院で、医学的な措置の安心さに囲まれながら逝くか。

    さて、あなたはどこで、どんな最期を迎えたいだろうか?

     

     

     

     

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