体のこと、あれこれ

不死細胞

2018年2月14日

これはある個人の能力というより、ある特殊な能力を身につけた個人の細胞の話である。
私たちの体は約60兆個もの細胞から構成されている。
約260種類の様々な細胞があり、寿命も24時間から死ぬまでのものといろいろである。
寿命の最短は胃や腸の消化管の上皮細胞で、およそ24時間で死滅するそうだ。
最長は心筋や中枢神経細胞で、これらは細胞分裂をしないので、その寿命はというと死ぬまでということになる。
もっとも、最近の再生医学の研究から、二度と細胞分裂しないとされていた脳の神経細胞でも再生能力を持つことが分かってきているが、腸管の上皮細胞のように役割をすぐに次世代の細胞に託すようなスピード感のあるものではない。
そのほか、血液中の赤血球なら約120日、骨細胞なら数年から10数年と本当に様々である。
ヒトの体は死滅した数の細胞分だけ再生させてその体を維持しているが、昨日のあなたと今日のあなたは決して同じ人間ではないということだ。
そんな細胞を様々な研究に役立てようと、細胞を培養する技術の確立に19世紀から取り組まれてきた。
そして1907年にカエルの神経細胞の培養に成功し、そこからマウスなどの哺乳類を始め、様々な動物の細胞が培養されるようになった。
しかし、ヒト由来の細胞を安定的に数週間培養し続けることはその後50年たっても誰も成功には至らなかったのである。
そんな中の1951年2月8日、ジョージ・ゲイは勤務していたジョンズ・ホプキンス病院で小さな癌の病理切片を入手した。
そして、その切片から得た細胞の培養に初めて成功することができたのである。
その病理切片こそが後にヒーラ細胞(HeLa細胞)と呼ばれ、不死細胞として世界の研究者の手にわたることとなるものだった。
その病理切片は同病院を子宮頸がんで受診したヘンリエッタ・ラックスさんのものだった。
彼女はアメリカ・バージニア州のたばこ農家出身の黒人女性で、5人の子の母親でもあった。
30歳の1951年1月に腹部にしこりが見つかり上記診断を受けたのだがすでに手遅れで、同年10月4日に31歳の若さでこの世を去ることとなった。
HeLa細胞とは彼女の頭文字から付けられた名前だったのである。
当時は、切除された組織や外科手術、治療・診断中に得られた材料は医師や医療研究所のものと考えられていたために、彼女やその家族に説明し、同意を得る必要がないとされていた。
世界で初めて培養に成功したHeLa細胞は、こうして多くの研究者たちに提供され、本人はもとより、家族すら知らぬ間に世界中に広まっていったのである。
ところで、それまで成功しなかったヒトの細胞の培養がなぜ突然に可能となったのだろうか。
それは彼女の子宮頸がんの原因となったヒトパピローマウイルスの遺伝子の一部が、彼女の細胞の染色体に組み込まれ、寿命と分裂にかかわるスイッチに影響を与え、不死化させたことが要因だといわれている。
なんと、彼女の命を奪った癌が不死細胞を作ったということである。
私たちの染色体には末端にテロメアという部分がついている。
そのテロメアの長さが細胞分裂するたびに徐々に短くなっていき、それがなくなったとき細胞も分裂できなくなり死を迎えるといわれている。
そのため、通常は細胞分裂の回数が決められているのだが、HeLa細胞はこのテロメアが短くならず、旺盛に分裂を繰り返すことで不死の能力を得たのである。
世界中に広まり、培養が繰り返されてきたHeLa細胞。
その培養された総量はなんと5000トンを超えたという。
人によっては5000万トンと報告する人もいる。
おそらくどちらかの桁間違いだと思われるが、彼女の元の体を優に凌駕する量が培養されていることは紛れもない事実である。
Hela細胞は癌研究や製薬などに役立てられた。
核兵器による放射能の影響調査にも使用されたし、無重力での細胞増殖を調べるために宇宙にも行った。
そのほかポリオワクチンの研究、化学療法、クローン作製、遺伝子マッピング、体外受精等々の研究にもこの細胞は貢献した。
HeLa細胞は彼女を死に追いやったがん細胞だが、ここまで増殖し、人のために役立っているとは何とも皮肉な話である。
これほどまでに世に大きく貢献したHeLa細胞だが、このようにヘンリエッタ・ラックスさんの細胞が広く使われていることを家族が知ったのは彼女の死後20年も経ってからのことで、偶然によるものだったという。
彼女の細胞の培養に成功し、世界の研究者に提供された際は金銭的利益を求めず無償提供されたのだが、その後の研究で莫大な利益を生み出しており、ことは訴訟問題にまで発展した。
それらにまつわる話はいずれご紹介していきたいと思う。
それにしても、かくも奇妙でドラマチック、そして壮大な運命を細胞レベルでたどる人もいるのだねぇ。

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