体のこと、あれこれ

ポックリ逝く

2018年6月15日

自分は平均寿命からすればまだ死ぬ年齢ではない。
しかし、同級生や友人でガンを患い亡くなった人もいる。
喘息発作で亡くなった人もいる。
ある朝ベッドの中で冷たくなっていた友人もいる。
みんな自分と同い年か、自分よりも若くして亡くなった。
決して自分にとっても死は遥か彼方の遠いことではない。
そして、死を考えるとき、
「ポックリ逝けたらいいなあ」
とは誰もが考えることではないだろうか。
世の中にはそんな「ポックリ逝くためのコツ」を唱えている方々がおられる。
今日はそんな「コツ」を掴んで、ポックリ逝きましょうという話である。
そもそも「ポックリ逝く」とはどういうことだろうか。
ポックリの語源は大和言葉の「保久利(ほくり)」から来ている。
保久利とは
「久しく利益が保たれる」
という意味で、
「臨終来迎、阿弥陀様の招きで保久利往生する」
という宗教用語である。
これだけでは少々わかりづらいが、つまり
「生前に功徳を積んでおくと、阿弥陀様が迎えに来てくれて、浄土で永久にご利益を保って下さる」
ということのようである。
「保久利と逝く」が「ポックリと死ぬ」となったわけだ。
そういう意味では長患いなどせず苦しまず、家族にも納得されるような死を迎えられることはやはり有難いことだと思う。
「ポックリ死ぬためのコツ」の著者である佐藤琢磨東北大学准教授は
「ポックリ死にはいわゆる『突然死』と『大往生』の2種類ある」
とおっしゃっている。
突然死の定義は「症状が出現してから24時間以内に死亡すること」とされているので、心疾患や脳血管障害など原因が特定できる場合もあるが、その多くは原因不明である。
なので、ここでは原因不明の突然死と捉えたいと思う。
しかし、突然死の場合は周りの家族がその死を受け入れがたくなるので、佐藤氏は「医師として勧めるのは大往生型である」と言う。
ではその大往生型のポックリ死はどのようにできるのだろうか。
多くの高齢者の死を診てきた先生は「体と脳の“同時老衰”」がポイントだとおっしゃっている。
脳よりも体が衰えれば様々な病気で苦しむこととなる。
これは本人もつらいし、家族もつらい。
体よりも脳が衰えれば認知症になる。
本人は周囲に理解されない苛立ちを覚える時期もあるかもしれないが、いずれそんな苛立ちからも解放され、死への恐怖もなく旅立つことができるだろう。
しかし、その分、周囲が大変な苦労を強いられることとなる。
いずれにしても「良き最期」とは言えない。
そんな中、大往生した人には共通する以下の点があるという。
○ストレスがあまりない
○うつになりにくい
○不眠症にもならない
○自分のペースを守る
○周囲との摩擦も少ない
このような人たちが心と体の老化のバランスが保たれているのは、なんかわかるような気がする。
そのような人になるために、以下のコツが提唱されている。
1.定年後も仕事を続けるなど、“生涯現役”で、熱中できるものを何か持ち続ける
2.何事にも必要以上に無理や我慢をしない
3.最近、物忘れがひどくなったかな・・・と思っても心配しない
4.寝起きや食事は自分の好きな時間にする
5.若い人に何か教える技能を持っている
6.本をよく読む
7.高血圧や糖尿病、肥満などの生活習慣病の管理を行う
8.フットワークが軽い
9.週に1回以上は自転車に乗る
10.納豆、豆腐、肉、魚などのタンパク質を多めに摂取する
以上だが、あなたはどのくらい実現できそうだろうか?
1、5、6、は頭の活性化ということだろう。
2、3、4、などはストレスをためないということか。
そういえば、ポックリ逝ける人、逝けない人のチェック項目では仕事を一生懸命頑張る人や食事で栄養バランスに気を使う人などはポックリ逝きにくいという。
一見、前向きで、ポジティブのようにも聞こえ、矛盾しているようにも見えるが、要は頑張りすぎること、気にしすぎることの害悪に注意が必要だということだろう。
仕事は周囲や上司から求められるものもあり、加減が難しいが、一生懸命頑張ることが必ずしも良いことではないということだ。
仕事は続けた方がいいけれども、一生懸命にはならない。
そんな状態が実現できれば最高だろう。
自分の母親も結構、健康には気を付けていた方で、朝の散歩も欠かさず行っていたし、TVの健康番組は好きでよく見ていた。
しかし、結果的には7年ほど前に脳卒中に罹り、右片麻痺という不自由な身体となってしまった。
幸い内臓系は丈夫で、現在も食欲もあり元気で過ごせてはいるが、行動が大きく制限された生活を余儀なくされている。
あれやこれや健康に気を付けてはいたかもしれないが、最も大切な「身体をゆったりさせる生き方」ができていなかったのかもしれない。
7.では生活習慣病の管理も大切だと言っており、やみくもに好きなものだけ食べていていいということではない。
しかし、栄養バランスにこだわり始めて、健康のための食事がいつしか「義務」みたいなものになってはそれ自体がストレスとなり、本末転倒になるだろう。
また、本来、体は必要なものを欲するようにできていることも事実である。
何かをどうしても食べたいときには、本能に従って体が欲するものを摂取することも必要だと思う。
バランスにこだわるよりも、その時々の体が欲するものを食すという視点も忘れてはならない。
ちなみに、「体が欲するものを食すこと」と「中毒的に欲するものを食すこと」は違うので、お間違えのないように。
「体が欲するものを食すこと」とは、普段はそれほど食べないが、ある時期それが食べたくなるものがあれば、それは体が欲しているものである。
「中毒的に欲するものを食すこと」とは、よく何にでもマヨネ-ズや唐辛子をかける人がいるが、あれなどは中毒的と言えるだろう。
嗜好の域を超えた食はバランスが崩れている証拠である。
筋肉の衰えは肉体の衰えの始まりなので、8、9、10は言わずもがなである。
脚の衰え防止に別の書籍では足の指を使って新聞紙を丸める作業を1日1枚やることも推奨されていた。
よく「地面を指でつかむようにして歩く」と健康によいと言われるが、足の指を使った歩き方を意識すると、足底筋も鍛えられ、ひいてはふくらはぎの強化にもなる。
足部からひざ下までの強化は膝関節や股関節の安定化にもつながり、筋力強化とともに、変形性の関節症予防にもなる。
足の指を使って新聞を丸めるのは複雑な動きが頭の活性化にもつながる効果とともに、そうした脚の筋肉全体を鍛える効果も狙っているのだろう。
「老化は脚からはじまる」は本当にその通りである。
老化を予防したいのならば、足を衰えさせないことをしなければならない。
「『どう死んでゆくか』というのは、『今をどう生きるか』につながる」
という。
人にはそれぞれ性格があり、「ストレスはよくない」と分かっていても完璧にやらなければ気が済まない人もいる。
しかし、その完璧主義が知らず知らずのうちに自分の体に負担をかけているのだとしたら、それは本末転倒であり、やはり生き方を変えてみることも必要だと思う。
そのような人は、完璧にできているときにはストレスを感じることなく過ごせるかもしれないが、世の中完璧にいくことなんてそうそうはない。
何らかの理由でうまくいかなかったときのストレスは、完璧をそれほど目指していない人よりも大きくなることは必至である。
だから結果的に完璧を目指す人の方がストレスを溜め込みやすくなってしまうのだ。
「自分には無理」などと言う思い込みを捨てて、1か月ぐらい「こだわらない生き方」をしてみてはいかがだろうか。
もしかしたら、新しい自分を発見するかもしれない。
「あ~あたしって、案外こんなにずぼらにも生きられるんだ~」
なんてね(笑)。
尚、ポックリ逝くための本は結構出ている。
「ポックリ死ぬためのコツ」「ポックリ死ねる人、死ねない人」他 佐藤琢磨、佐々木英忠 アスペクト
「達者でポックリ」「ポックリ名人」他 帯津良一 東洋経済新報社
「ポックリ往生パワースポット 全国寺社完全ガイド」 青志社
これだけ出版されているということは、それだけ需要があるということだろう。
やはりみんなポックリと逝きたいのだ。
さて、あなたはいかがだろうか?

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