体のこと、あれこれ

トレパネーション

2019年1月30日

トレパネーション。
日本語訳では「穿頭(せんとう)」という。
頭皮を切開し、頭蓋骨に穴を開ける療法で、古来、神秘主義に基づいて行われ、開けた頭蓋骨の穴はふさがずに、頭皮だけは縫合される。
その歴史は古く、石器時代にまでさかのぼり、割礼と並び、人類最古の手術の一つと言われているとか。
フランスでは紀元前5000年頃の頭蓋穿孔手術を受けた頭蓋骨が発見され、ヒポクラテスの著書にも書かれているなど、本当に古くからおこなわれてきたようである。
しかし、目的は現代医学に通じるようなものではなく、病気を患った患者の頭から悪い鬼を追い出すために行われていたという。
現在、頭蓋穿孔を受けた者は
「とにかく幸福で、エネルギッシュで、倦怠感を感じるようなことは無くなります。意識はスッキリと明瞭になり、大人になってから感じるようになった倦怠といった重荷をおろしてスッキリと軽くなりました。簡単にいえばまるで子供の時に戻ったような気分です。」
と述べている。
なぜこのような変化が生まれるのだろうか。
トレパネーション普及を提唱するオランダのバート・ヒュージ氏はその理由として
「脳内血流量の変化である」
と言っている。
乳児は頭蓋骨が完全には塞がっておらず泉門と呼ばれる隙間があるが、その存在によって血流量が大きく保たれているとし、それと同じような状態になるというのである。
バート氏の弟子で、自身もトレパネーションを行ったピート・ハルヴォーソン氏は
「トレパネーションを行うことで、思うままに脳の中を活発化させることができるようになります。高度の意識に目覚め、楽観的で、情熱的な人間になるでしょう。これまで悩んでいたような些細な問題なんかは楽しみにさえ思えるようになります。一生を通して最高の気分が持続するわけです。」
と絶賛している。
それまでの20年間うつ病に苦しみ、様々な治療を行ってきても治らなかった氏だからこそ余計にその変化が偉大なものであり、大きな幸せを感じているようである。
一方、脳外科の専門家らは一様に否定的な見解である。
これまで脳疾患の治療のために頭蓋骨の両側に穴をあけて頭蓋骨内の圧力を軽減するという方法も行われてきたという。
しかし、結果的にそうした方法はすべて失敗に終わり、今では破棄された方法であるという。
ただ、現在でも頭蓋骨の一部が、一時的に取り除かれる手術は行われることはある。
脳卒中や頭蓋損傷などで脳に炎症が起き、そのままでは脳の腫れ自体が脳組織の損傷を起こしうる場合には、除圧を目的として一時的に頭蓋骨の一部が取り除かれる。
もちろん、脳の腫れが引けば頭蓋骨は戻されることになる。
また、近年、こんな研究結果も報告されている。
米テュレーン大学の形質人類学者のジョン・ベラーノ氏は14~15世紀のペルー、すなわちインカ帝国ではかなり穿頭術が行われていたが、その穿頭術跡が残る頭蓋骨を調べ上げ、手術後の生存率が非常に高かったと報告しているのである。
ヨーロッパなどほかの地域で槍や刀などの武器が使用されていたのに対し、インカでは棍棒など打撃による武器が使用されていたため頭蓋損傷の率が高く、それへの対処から穿頭術が古くから行われるようになったという。
どうやら穿頭し、砕けた骨片を取り出していたようだ。
ベラーノ氏の研究では術後の生存率は70%にも上っていたという。
これは現在の医学にも通ずる脳の炎症による浮腫に対する除圧になっていたのかもしれない。
とすると、インカで行われていたトレパネーションは神秘主義的な意味合いというより、経験に則った外科手術だったということになるのではないだろうか。
また、トレパネーションで穿孔する場所はツボでいうと印堂という、いわゆる「第三の目」と呼ばれている額中央なので、もしかしたらその場所にこそ意味があるのかも、という疑念も残る。
実際、チベット仏教では高僧にやはり第三の目と言われる額中央に穿孔する処置が行われていたとの記述が散見されるのである。
このトレパネーションを取り上げてみて気づいたが、数年前までトレパネーションを行った男が主人公の「ホムンクルス」という漫画が連載されていたこともあり、トレパネーションに感心が高まっていたようで、それを取り上げたサイトが数多くあった。
しかし、トレパネーションを実際に行った例は乏しい。
脳の専門家には「意味がないこと」として認知されているので、実験的であっても行われることもなく、基本的に科学的に検証することはほとんど不可能である。
法的にも明確な理由があっての施術でなければ認められないので、数少ない経験者がいくら「良いものだ」と言っても、事実上普及もされていない。
だが、どの世界でも型破りな人物はおり、南米にトレパネーションを引き受けても良いという医者が出てきたそうで、アメリカのトレパネーション信奉者らはこぞって施術を受けることにしているらしい。
そのうち、どこかのTVで、施術を受けた人たちのことを取り上げる番組も出てくるかもしれない。
個人的には、骨の一部がないということはその部分に何らかの衝撃が加わった際、脳への直接的な打撃が加えられるリスクがあるので、やはりやるべきではないと思う。
しかし、現段階ではまだトレパネーション自体の効能を完全に否定はできないとも思っている。
その理由は、現在脳科学の分野では、「脳は直接光を感じ取ることができる」ことが確認されているからである。
以前に「光療法」を取り上げたことがあるが、北欧のような冬の日照時間が少ないところでよく発症する「季節性のうつ病」は耳に光を当てるだけで改善するという。
耳の奥に届く光を、皮膚を通して脳が感知し、いわば日照時間の補足のような役割を果たすようである。
ならば、トレパネーションでも皮膚を通して光が脳へ届くようになれば、うつ病の症状とは真逆の「至福感、高揚感にあふれるようになる」などの精神的な変化をもたらす可能性はありうるのではないだろうか。
また、トレパネーションで穿孔する場所はツボでいうと印堂という、いわゆる「第三の目」と呼ばれている額中央なので、もしかしたらその場所にこそ意味があるのかも、という疑念も残る。
実際、チベット仏教では高僧にやはり第三の目と言われる額中央に穿孔する処置が行われていたとの記述が散見されるのである。
以前、脳の疾患のために側頭部に穴があけられていた時に脳の疾患の改善は見られなかったかもしれないが、
どのような疾患については無意味だったのか、
精神的な変化はどうだったのか、
脳の疾患のない普通の人が行った場合にも何ら変化はないのか、
穴を開ける場所が側頭部ではなく額中央であったならどうだったのか、
それらの違いについては何ら言及されていないし、おそらく検証もされていないだろう。
そこまで検証が進み、全否定されるのであればトレパネーションは「単なる思い込み」と判断できるだろう。
科学的検証とは、再現性があってこそ認められる世界であるから、南米にトレパネーションを引き受ける医者が出てきたとしても、医学界全体でその検証が行われない限り、両者の主張は平行線をたどるのみである。
もし、トレパネーションの意味がボート氏の言うような頭蓋骨の一部を開放することによって圧力を逃がして脳血流量の増加を期待するものではなく、
光が脳へ届くことに意味があるのだとしたら、空いた穴を透明の強化プラスチックなどで塞げば脳が直接的に打撃を受けるリスクは無くなるかもしれない。
そんな事を考えるのだが、トレパネーション自体が意味のあることと認められなければ、それは単なる夢想でしかない・・・。
あなたはトレパネーションを信じますか?
そして、やってみたいと思いますか?

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